養護学校職員辞職から改めて見る、介護業界の深刻な闇

養護学校職員辞職から改めて見る、介護業界の深刻な闇

これから何が求められるのか

状況改善をするために

ここまでを総して介護業界に関して話をしてきたが、闇から闇を垣間見たような気分だ。奥底に潜っていけば潜っていくほど、濃い闇が待ち構えており、辺りには一筋の光も注がれないまま胎動し続ける苦しみがそこにあるかのような思いになる。介護の世界が辛い、苦しい、正直疲れる、といった意見はよく耳にする。第三者として業界に関わることはない人でも、介護業界のブラックさにはほとほと認知しているはずだ。しかし内部に浸っていないためにその実態がどのようになっているかなど、把握することもない。きっかけとして挙げられるなら、家族などの身内から要介護者が発生した場合位だろう。介護をしている人なら分かると思いますが、家族として身内のその姿を見るだけでも精神的に堪えるものがある。しかし見捨てるなど出来るはずもなく、献身的な介護をする人も存在している。

だが生きている限り、どうしても生活に必要な生活費を稼ぐためには働かなければならない。中には介護のために退職して介護に時間を当てていたという人もいるだろう、そういう人たちにすれば一時的に社会から離れると逆に命取りとなってしまう。余生を送った家族を見送った後、自分の生活を再開しようとしても就職先が見つからずに途方に暮れてしまう、なんてケースも見られるくらいだ。

そもそも日本という国では介護がきちんと体系化されていないがために、問題が問題を呼び、問題が複雑に絡み合ってしまったがために取り返しのつかない状況になった頃、ようやく国が対策に乗り出したというような展開には、脱帽する。今まで何をしてきたのかと言いたくなる、そうした意味でも解決するためにはやはり人手不足問題を解決することが先決なのかもしれない。

介護の現場は人手不足?!

鳥取県の養護学校が示した問題の根深さ

鳥取県の養護学校で起きた非常勤の看護師による一斉辞職、それこそストライキをした方がまだ話として通じるかもしれない。しかし辞職という道を選んだ時点で、もはや学校と労働者との関係は破綻しているとみなせる。その状態て今後このように改善していくと案を提供しても、素直に受け入れることは出来ないだろう。何せすでに関係が成り立っていないのだから、いつ約束を反故にされるか分かったものではないからだ。学校に対する不信感は拭い去れるものではない、一応辞職した中の一人は戻ることを決意したというが、それも自身の生活を考えての決断だと考えられる。

仕事を辞めることはさほど難しいものではない、しかし次の職場を探すとなるとその手間は計り知れないほどに面倒だ。だからこそ今働いている職場を退職せず、嫌なことがあっても働き続けようと頑張るための意思に繋がるわけだが、そうした継続的意思も届かずに介護職員の多くが心折れて業界を去っている。あるメディア関係者がテレビで上記の問題を取り上げた際に、まさしく家畜のような扱いだと表現した。少し主観的な意見過ぎる部分もあるが、労働者の意見や抗議といった面を一切受け付けず、また職場環境の問題に気づいていながら見て見ぬふりをしていた時点で、学校側の体制には疑問がもたれる。

鳥取県の養護学校によって示しだされたこの問題、これにより見えてくるのは運営を行っている施設側の杜撰過ぎる管理体制と、商売至上主義という問題の本質が出てきているだろう。養護学校の場合は当てはまらない部分もあるかも知れないが、民間の施設であれば高齢者を虐待も恒常化しているからなお質が悪い。先程も話したが、こうした問題はあくまで氷山の一角と言われているのだから、全くといって笑えない。

介護施設運用のために必要なこととは・・・

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世界に並ぶために

介護、日本がこの分野で世界にも通じるような高いサービスを実現するために必要な措置として考えられるのは、

  • 明確に税金を福祉に使用している事を示す、情報開示
  • 慢性化している人手不足を解消する
  • 虐待などの問題が発生した場合による、迅速な対応
  • 余生を安心して過ごせるよう、団結した協力姿勢を国民に求める
  • 高齢者の人権を優先する

こういったところではないだろうか。端的に見て、日本が実現できると思えるかと言われると正直それが出来るとはまず思えないのが悲しくなる。何せ税金が何に使われているのか全く開示されず、あまつさえ蓋を開けてみれば無駄なことにしか使われていないという事実ばかりが出てくる。これでは国民も税金を払っても損をするのは自分たちではないかと不信感を持ってしまうのはしかたがないだろう。

国が本当に介護を現場レベルから改善したいと思っているなら、まず国民に税金を払っていれば『老後は不安のない生活を約束する』という試みをはっきり示さなければならない。支払った税金に対してきちんとしたサービスを将来受け取ることが出来る、そうした設計図が整えられていれば誰もが税金負担を重いと感じることはなくなるだろう。

果てしなく遠い道程だが、日本の介護を変えるためには根っこの部分から問題を解消していくことを前提に考えていかなければならない。