養護学校職員辞職から改めて見る、介護業界の深刻な闇

養護学校職員辞職から改めて見る、介護業界の深刻な闇

世界で発生している問題として

日本の介護と世界の介護

介護の問題で常に揺れ動いている日本だが、日本に限った話ではない。医療先進国として謳われ、世界中で将来的にこうなれば良いという理想郷のような外観を見せているEU圏にあこがれている人も多いだろう。ただこうした国は高齢に備えもあって、日本とは比べようのない税金の高さが挙げられる。消費税にしても日本の何十倍、物価やサービス利用などの面についても日本とは比較にならないほど良質なサービスを提供している反面で、国民が負担しなければならない金額の多さもあってのことだ。これら全てが国からの予算では成り立たないため、国に住まう個人全てが協力して老後の人生を過ごしやすく、不安のない余生を過ごせるようにと取り組んでいるからだ。

日本もそうなればいいのに、なんて考えるのは悪いことではありません。ですが日本人がこうした社会的風土に包まれるようになるためにはどうしたらいいか、なんて考えると答えは見えない。正直言ってしまうと、日本人とは基本的に事なかれ主義だ。自分に関係のないことには余計な首を突っ込まず、自分に被害が及ばなければ誰がどうなっても構わないと考える人が多い。昔と今では違う部分もあったのかもしれないが、民族的な点からヨーロッパなどと比べると解決しようがない問題が浮上してくる。

また日本で行われている介護についても、世界の医療や介護にすればそれら一連の行為が褒められたものではない、高齢者の人権を蔑ろにしていると見られる傾向にあるという。治らないのであれば、無理に延命させるべきではない、辛い思いをさせるくらいなら楽をさせて挙げるのも選択肢の1つとして加えるべきだと考えているのです。

介護の現場は人手不足?!

スウェーデンを取り上げてみる

介護、それらを含めた公共福祉サービスの充実した供給を提供している国として、時折頻繁に話題としてあげられる『スウェーデン』について考えてみる。この国の福祉サービスがどのようなものなのか知った時、大半の人はまず驚くべきところだ。日本でいうところの老人ホーム、そこはまるで高級リゾートホテルのような外観で充実したサービスが行われている。24時間フルサポートが取られており、どのような事態にも対応できるように取り組まれているため、老後の余生はスウェーデンで、なんて考えている日本人もいるのではなかろうか。

憧れとして見る分にはそれに越したことはないでしょう、しかしそれら福祉サービスも国民が一番となって高額の税金を支払っているからこそ実現できている。それを日本で可能とできるかという話になると、難色を示す人が多いはず。中には生活保護費でようやく人並みの生活が営めるという人もいれば、その一方では生活保護費などでは全く足りないなどと嘆く人もいる。こうした人達を含めて、今の日本に高齢者が住みやすい国を作るために税金を挙げると言われ、納得する人は早々いないだろう。自分たちの生活を維持するだけでもやっとなのに、身内以外の高齢者が住みやすい社会のためといった大義名分で心動く人はいない。

スウェーデンと日本ではこうした意識にも隔たりが存在しているのだが、それ以上に気にしたいのは支払った税金がきちんと有効活用されているかどうか、という点だ。

日本の税金

日本の税金、その多くがとてもではないが有効活用されているとは考えられない。色々な事例を挙げていくとキリがないが、その多くが国民の生活に反映されるような、税金を払っていてよかったと思える瞬間が出てくる場面は少ないはず。保険に関する支払いを行っても、それに見合うだけの正当な対価を得られるわけでもなく、無駄に使われていると思っている人は少なくない。スウェーデンもそうした部分がないわけではない、しかしきちんと高額な税金として支払われている形がはっきりとしている点では評価できる。

EU圏全体の経済状況によっても左右されるが、スウェーデンのそうした世界に類を見ない高い水準の福祉サービスが実現できている理由には国民の協力が行われているからこそ成し得ているのだ。

介護施設運用のために必要なこととは・・・

国による姿勢も異なる

国として福祉に対してどのように取り組んでいるのか、という点が挙げられる。日本の場合だと、ようやっと介護報酬を引き下げることで業界全体による慢性化した人手不足などを解消し、内部留保も問題解決へと道筋が出てくると考えられている。それに対してスウェーデンの場合は日本よりもずっと前から、福祉というものに力を注ぎこんできている。取り組みや姿勢もそう、業界はこうあるべきだと定義する意義が日本とスウェーデンでは埋め尽くすことが出来ないほどの溝となっている。

日本は少なくとも抜本的な改革に乗り出さなければ、世界に尊敬される福祉を提供する国と称される日は半永久的にこないといっても良い。そういうよりも実現する日など来ないと見ても問題はない。